今回の「レイプレイ」の件で感じた問題点をあげておく。
①「自主規制」の強要
真っ先に「やばい」と感じたのがこれ。今までも「表現規制」に関してはさまざまな規制法案が検討され、その度に各方面より反論や疑問点が挙がった訳だけど、今回のやり方をそのまんま黙認しちゃったら、大変なことになります。
ある特定の意思をもつ団体の意見が、「絶対正義」として、法的根拠もないのに一方的に「自主規制」を強要する。この手法がありならあらゆる表現は事実上の検閲を黙認することになります。
(以下関連しておいておきます)
http://www.geocities.jp/yokusurukais/aicel.html (「知る権利」と「図書館の自由」擁護のために)
(抜粋)
>だから私たちもまた、なにが良書でなにが悪書かを判断する権利は、私たち一人一人のものだということを、何度でも確認しなければなりません。それが図書館であれどこであれ、他者に委譲してしまってはならないのです。
今回の「自主規制」の強要は私たちから一方的に選択権を奪います。
②ソフ倫通過作品が事実上の発禁になったことの重み
これに関連してはゆすらさんの昔のこのエントリが興味深いです。
http://yusurakinaco.blog92.fc2.com/blog-entry-121.html
>で、その規制は正しい規制なの? 表現の自由もだけど、平穏な社会が導かれる規制になってんの? て疑問も。
(ビデ倫逮捕に関しての伊集院光氏のコメント)
>ビデ倫通したって、お上に目つけられちゃうんだったら、わざわざお金払ってビデ倫通す必要ないよね、てなっちゃう。全インディーズ化がはじまると思う。そうなったら、ちゃんと取り締まれんの?
今回の問題で「ソフ倫」を批判してる人は多いんでしょうが、そこの部分の話。アングラしちゃうよ?ってこと。(もっとも規制派はそこを狙ってるのかも。そうして違法化したい、みたいな)
③「エロゲー」が持つ致命的な弱点
で。②にも関連するのだが、「エロゲー」は「ゲーム」であるが故にこうした「手のひら返し」に致命的に弱い。
製作者が他の媒体より多くかかる。ゆえにいきなり製作ストップになるとリスクが高い。またマンガや小説のように一部を改定、あるいは修正して「不完全な形」で発売することもできにくい。ゆえにリスクを避けるためには「ギリギリの攻防」は事実上不可能に近くなる。
④「裾野」としてのエロ業界
いわゆる「コンテンツ産業」が日本においてここまで発展したのは、その裾野に「作り手」の受け皿としての「エロ業界」があったから、というのは(その是非はともかく)事実です。ライトノベルのイラストレーターが顕著ですが、それ単体ではごく一部を除いて食っていけません。それは漫画家、ライター、グラフィッカーなども同様で、その裾野に広い受け手としての業界があったからこそ作り手としての道を選択できた人も多いはずです。(わかりやすく言おう。あんだけ売れた「ハルヒ」の原画のいとうのいじさん。エロゲ原画です。「スレイヤーズ」のあらいずみるいさん。「パンプキン」という雑誌に書いてました。漫画家にいたっては別名義の人多すぎて上げられん。
「規制」をかけようとする方々も、「コンテンツ産業」の経済効果だけはお好きなようで、だからこそ「眼に見えて健全」なものだけを大々的に売り出すために規制かけたいのかもしれませんが。
最後に以後の記事には基本的に署名のURL貼ってきますのでご賛同していただける方はご協力お願いします。
http://www.shomei.tv/project-1148.html
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